Les Bois Perdus レ・ボワ・ペルデュ
「ワイン造りは、職人的な仕事の積み重ねだと思う。芸術的な仕事ではなくね。実はこれは映画にも通じるものだと思っていて、90%は本当に実直で技術的な仕事の積み重ねなんだ。アートや感性の世界だと思われているかもしれないけど。」
迷いの森。
そんな象徴的な名前のドメーヌが、誕生した。
長らく映画関連の仕事に就いていたレナ・ペルデュ と アレクシ・ロバンの2人ではじめたこのドメーヌには、まだブドウ畑はない。
それまでの映画関連の仕事も情熱を燃やせる素晴らしいものであったものの、2人の娘も含めて家族としてどういう生き方をしたいかということを考えた結果、これまでの仕事をただ続けていくのは違うのではと感じたという。
そんな折に、マルク・アンジェリやジル・アゾーニと出会った彼らは、ヴィニュロン(ブドウ栽培者・ワイン生産者)として生きるという道に出会う。
そして、縁あってアルデッシュの地に家族で暮らす場所を見つけ、ジル・アゾーニからドメーヌを引き継いでいたアントナン・アゾーニを頼ってワイン造りの基礎を学び、アントナンがそうするように、地域のブドウ栽培農家からブドウを買い入れ、2019年にはじめてのワインを世に送り出した。
「まだブドウ畑はない。」と書いたドメーヌには、彼らの住まいや醸造所、小さなモンゴル式のテントを設置したジット(貸別荘)があり、さらにはラベンダー、オリーブ、アーモンド、サインフォイン(ホーリークローバー、イガマメ、土壌改良や動物の飼料に良いとされる植物。この花の蜜だけを集めて採取された蜂蜜は、神秘的な白い蜂蜜となる)等が22haもの広大な地所に息づいている。
その広大な地所に、これからゆっくりとブドウが植樹されていく予定になっており、今年(2020年)は、サミュエル・ブレからルーサンヌやシラー、ヴィオニエ、ソーヴィニヨン・ブランをいった剪定枝を譲り受け、植樹にあたったという。
そんなブドウ樹のなかには、あのオマージュ・ア・ロベール(ジル・アゾーニが手掛けたワインのひとつ)のロベールがかつて植樹したブドウ樹も含まれるという。それが意味するのは、彼らの師であるジル・アゾーニの人生や歴史の一部をレナとアレクシの2人が受け継ぎ、新たな畑で、また新たな生命と感動を生み出していくという循環の物語だ。
このアルデッシュという地で、ジル・アゾーニという人物の物語を欠かすことはできない。1983年にアルデッシュの地に移り住んだジルは、様々な試行錯誤で多くの苦悩を乗り越えて、自然派ワインの礎をこの地に築いた人物の1人で、一線から身を引いた現在でも、この地域の多くの造り手たちに影響と助言を与えている存在。
自身のドメーヌであるル・レザン・エ・ランジュは、息子であるアントナン・アゾーニに引き継がれ、そのアントナンは現在、地域の心あるブドウ栽培農家からビオロジック(オーガニック)で栽培されたブドウを買い入れ、ワイン造りを行っている。そしてアントナンにブドウを販売している農家からも自然派ワイン造りに挑戦したいという仲間が生まれ、ジルもアントナンも彼らへのサポートを惜しまない。
そしてそのコミュニティが成長すればするほど、ただ衰退するだけだった地域の農業が、ビオロジック(オーガニック)でのブドウ栽培や自然派ワインの生産で活況を取り戻し、自然環境を守りその豊かな遺産を次世代にまで遺すことができるようにもなっていく。そんな未来への道のりは、まだまだ険しいものではあるものの、ジルやアントナンを中心に生まれたこのポジティブなエネルギーは年々大きく力強いものになっている。
「どうしてレ・ボワ・ペルデュという名前にしたんだい?」
そう尋ねると…
「いつかここに来たらわかるよ。都会の喧騒から遠く離れた山の中、あらゆるものから孤立した静寂な森に迷い込んだような感覚になる場所だよ。」
「あとは、レナの名前がペルデュなのと、僕の名前がロバンなんだ。フランスだとロビン・フッドのことをRobin des Bois(ロバン・デ・ボワ)というんだけれど、レナと僕の名前を重ねるように迷いと森という言葉を重ねたんだ。」
彼らとのやりとりからも、その手掛けたワインからも、彼らの繊細な人柄が伝わってくる。そして、そのドメーヌ名の由来も実に彼ららしいものと言えるし、本当に良い名前だなと感じる。
「ワイン造りは、職人的な仕事の積み重ねだと思う。芸術的な仕事ではなくね。実はこれは映画にも通じるものだと思っていて、90%は本当に実直で技術的な仕事の積み重ねなんだ。アートや感性の世界だと思われているかもしれないけど。」
さらにアレクシは、ヴィニュロン(ブドウ栽培者・ワイン生産者)という仕事において最も幸せな瞬間の一つは、太陽の下で働くことであると言い、なかでも剪定の時間は心地よいものであると言う。
「適切な時期に適切な時間を費やして、1本1本のブドウ樹の未来を思い巡らせながら剪定をしていく時間が好き。ブドウ畑は少しづつ増やしていく予定だけれど、それでも3-4haくらいにとどめたいと思っている。植物と向き合う時間を大切にしたいからね。」
加えてもうひとつ、大好きな仕事の時間があるという。それは深夜のカーヴ(醸造所)での時間。
元気いっぱいエネルギーに溢れた娘たちが寝静まった後、静寂に満ちたカーヴで、様々なことに思いを巡らせながら、ひとつひとつ仕事を終えていく時間。この静穏な時間もかけがえのないものであるのだとか。
そんな彼らの姿からは、芸術的なのではなく、職人的な仕事を積み重ねていきたいという想いがありありと浮かび上がる。
「自分にとっての理想のワインの姿というのは無いかもね。しっかりとした構成のものも好きだし、軽快な飲み心地のものも好き。揮発酸があっても良いし、なくてももちろん良いし。そうだね、誠実なワインというのが理想かもしれない。あとは映画と同じで、ワクワクするワインであることかな。」
ワクワクするワイン。それこそがまさに、自然派ワインの大きな魅力のひとつだと思う。そのことをワインを造り始めたばかりのこの段階で理解しているのであれば、彼らの将来は非常に楽しみなものであると言わざるを得ない。