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ジャン・マルク・ドレイヤー
Jean Marc Dreyer ジャン・マルク・ドレイヤー
敬虔なクリスチャンがつくり出す奇跡のエナジーワイン
ストラスブールのボージュ山脈の山麓に向かって 30 km ほど南西に下ると、村の紋章にバラの花を掲げるロスハイム村がある。その村内に4代に渡って続く由緒正しいドレイヤー家のドメーヌがある。畑の総面積は6ha。ロスハイム村の南、北、西半径10km以内に30 の小さな区画が点在する。畑の標高は200〜300 mで、オークセロワの畑が一番標高が高い。土壌は主に粘土質・石灰質で、ワインに繊細なミネラルとフィネスを与える。また、北向きにあるオークセロワ、シルヴァネール、ピノノワールの畑は、昨今温暖化が進む中で年々コストパフォーマンスを上げてきている。気候は半大陸性気候で、冬は寒さが厳しく夏は暑く乾燥しやすい。だが、ボージュ山脈が西から来る大陸性気候を遮る壁の役割を果たし、寒さや雨を防ぐミクロクリマの役割を果たしている。
オーナーのジャン・マルクは4代目。幼少の頃から父の畑仕事を手伝うのが大好きで、14歳にはすでにトラクターを運転していた。高校を卒業し会社勤めをしていたが、2000年25歳の時、父の定年が近づいたことを機に実家に戻る。農業開業責任者資格(BPREA)を取るためにオベルネ村の農業学校に3年間通い、同時に、以前から興味のあったビオディナミをパトリック・メイエのところで学んだ。2004年、完全に父の畑を引き継ぎドメーヌ・ジャン=マルク・ドレイヤーを立ち上げる。そして6ha あった父の畑をビオディナミに変える。
立ち上げ当初はブドウ栽培の他にもジャガイモや古い昔の小麦、野菜なども並行して作り販売していた。また、ワインのボトル販売は地元や観光客のみで、大部分はネゴシアンが桶買いしていた。2009年、パトリック・メイエの影響 もあり、ピノノワールで最初のSO2無添加のワインをつくる。これを機にSO2 無添加のワインに気持ちが傾いていったジャン・マルク。2013年、初めて全てのワインをSO2無添加で仕込む。2014年、並行して行っていた野菜販売をやめ、またネゴシアンに売るワインも大幅に減らし、SO2無添加ワイン造りに専念し現在に至る。
性格はとても温厚で信仰心の厚いジャン・マルク。現在、父の代に植えた樹齢平均50年を超すヴィエーユ・ヴィーニュの畑5haと彼が2010年に植樹した若樹の畑1haの計6haを父と2人で管理している。アルザスの生産者であるが、アルザス品種のアロマティックな特徴があまり好きではないという彼は、品種の香りの影響を少なくするためにワインの仕込みは主にスキンコンタクトを実践している。そのためアルザスの自然派ワイン生産者の中では「マセラシオンのワインを得意とするヴィニョロン」として名が通っている。
彼のモットーは「ブドウ本来が持つエネルギーを壊さない!」こと。2500kmの行程を徒歩で巡礼するくらい敬虔なキリスト教徒である彼は、目に見えない神の力や奇跡を信じていて、ブドウのエネルギーを正しく良い方向に導けば、必ず素晴らしいワインが出来上がると信じている。ビオディナミを早くから取り入れたのも、ブドウ本来の持つポテンシャル(エネルギー)を引きだすという点で彼の考えと一致するところがあり、今はさらに均一になりがちな機械を 使う作業を徐々に減らし、ブドウの木ひとつひとつの個性に向き合うために手で行う作業を増やしている。
彼の趣味のひとつに散歩があるが、散歩と言っても、ただブドウ畑の中を歩いて何気なく佇むだけ。休日の日でも畑仕事が終わった後でも、夕飯を食べ終わった後に、ブドウと対話するためにぷらっと畑に出かける。そして、ブドウに耳を傾けることでブドウから出るエネルギーを静かに感じる…それが彼の趣味であり日課なのだそうだ。
彼自身、もう今はほぼワインづくりだけに特化しているが、以前はブドウ以外にF1種からではない昔ながらの固定種からの野菜や穀物も作っていた。今でもその名残で、絶滅危惧にあるフランス原産の希少な昔の小麦の種を復活させるための活動を続けている。(輸入元資料より)
ジャン・マルクはとても物静かで思慮深く温厚な男だ。まわりのアルザスワイン生産者からは「彼はワインが少ないからほとんど売るモノがないし、そもそもワインを輸出する気は全くない」という前情報を得ていたので、気を引き締めて訪問したのだが、実際に会うと朴訥でワインの話ひとつひとつに愛情が感じられ、とても温かく繊細なオーラを持ったヴィニョロンだった。私自身、会ってすぐに「この人と一緒に働きたい!」と思うくらいの好印象だった。いや飲まずともそのオーラから美味しさが伝わってくる、そんな第一印象だった。彼もヴァンクゥールの存在はすでにラ・ボエムのパトリック・ブージュから聞いていたらしく、「輸出するならヴァンクゥール」とまで思ってくれていたらしい。パトリックには本当に感謝だ。
彼がヴァンナチュールの世界に入り込んだのは、パトリック・メイエの影響が大きい。彼自身、父の跡を継いでドメーヌの当主となる前からブドウ栽培、特にビオディナミで行う栽培に関心はあったが、醸造にはあまりこだわりがなかったという。「当時は、クライアントのニーズに合わせて甘口ワインや新樽熟成のワインもつくったことがある」と言うほど、ワインは今のスタイルと全くかけ離れたものだった。2009 年、パトリック・メイエのアドバイスでピノノワールをSO2無添加に変えたが、白ワインに関しては失敗のイメージが先行し、今一歩踏み込めなかった…。「当時は、家族の生活を養うことを考えると、全てを SO2 無添加にするのはあまりにもリスクが高すぎて、そこに100%コミットする勇気がなかった」と彼は言う。
畑の仕事には自信があってもワインの醸造になると自信を無くし、中途半端なワインしかできなかったため、ワインはどんどん売れなくなり結局ネゴシアンに安くワインを叩き売る状況が数年続いた。2013年、限界に来たジャン・マルクは、状況を打開すべく初めて全てのワインをSO2無添加で仕込み、さらに誰もが反対したのを押し切って白のマセラシオンにチャレンジした。「この頃は人生のどん底だった。家庭内もうまく行かない、ワインは売れない、ミレジムも厳しいと何もかも最悪だった。でもそれが自分を見つめ直す転機となった。誰に反対されようと自分のやりたい仕込みをしようと決心したのだ」と彼は当時を振り返る。
彼に本当の転機が訪れたのは2014年1月。色々と吹っ切れない気持ちをリセットするために行ったペルリナージュが、その後の彼の人生を一転する。(ペルリナージュとはキリスト教の巡礼最終地であるスペインのコンポステーラまで歩いて渡る巡礼の旅のこと)ちなみに、彼はこのペルリナージュで2500kmの行程を徒歩3ヶ月で達成している。この巡礼をする前は、まだ2013年のワインに SO2 を添加するかどうか悩んでいたが、巡礼後はその悩みが一切消えたという。「ペルリナージュを終えた時に、自分が何て小さなことに悩んでいたのか、と思うようになった。そして、今まではまわりに流されていただけで、自分のやりたいことは間違っていないと確信した!」
以降、彼のスタイルは完全SO2無添加と、マセラシオンで固まる。彼は敬虔なクリスチャンで巡礼をするくらい信仰心があつく、ワインに対する考え方も商売というより神からの授かりものという信仰の一環でとらえている。彼は巡礼を終えて以降、ブドウの持つポテンシャルを信じ、SO2無添加のワインづくりにコミットしたが、それでも発酵がどう終わるかが予測できないのがヴァンナチュール。彼自身もそのリスクは十分承知で失敗が怖くないと言ったらうそになる。そんなワインの問題が起こらぬよう、彼のワインには他のヴァンナチュールの生産者にはない、敬虔なクリスチャンならではのちょっとしたホメオパ シーが微量に添加されている。それはボージュ山脈の山の中標高700m付近にある聖オディール修道院の湧き水だ。この湧き水はキリスト信者の間では「奇跡の水」として崇められている。ワインに添加すると言っても1樽に数滴程度なので、彼自身は「ほんの気休めのまじない」と自嘲するが、実際彼は毎年この水を汲みに行くために30kgのタンクを担いで24kmの行程を歩いている。効果のほどはどうにせよ、ワインに対する姿勢が損得やビジネスではなく常に神に対峙している姿が垣間見られてとても興味深い。
彼はアルザスのヴァンナチュールの生産者の中ではマセラシオンのジャン・マルクと認識されている。そもそも「なぜ白を敢えてマセラシオンで仕上げるのか?」と彼に理由を聞いてみた。彼の答えはこうだ。「それが本来昔のワインのつくり方だったから」と。今はテクノロジーの進化でワインをジュースからきれいに仕上げることができるが、大昔、まだ十分に道具が発達していなかった時は、白も赤もただブドウをつぶしてマセラシオンで仕込んでいた。そのシンプルな方法が自身の感性に合致したのだという。当面の彼の目標は、畑もカーヴも電気やガソリンで動く機械を徐々に減らし、昔の農工具を駆使し手で行う作業を増やしていくことなのだそうだ。「ジュースから白ワインをつくるよりもマセラシオンの方がワインの耐性が強く、その分温度管理やポンプなど機械で管理する手間が省ける」と彼は言う。また彼は「キリスト教には、何かの成果を得るために『代償』が必要という教えがある。機械をなくすことで体力的に作業がきつくなるが、その代償を払うことで見えてくる世界もある。例えばトラクターを使った作業。トラクターだと早く効率が良いが、もしかしたら効率が良すぎるために、ブドウの観察がおざなりになるかもしれない。その点、馬や手作業で行えば、スピード的にトラクターよりも数十倍効率は悪いが、その分ブドウひとつひとつを観察する時間ができる!」と彼独自の考えを説明してくれた。
いずれにせよ、彼のワインを飲んでみると分かるが、彼の中に溢れる温かいエナジーと、シンプルな人柄がそのまま味わいに反映されている。地にしっかりと足のついた安心感、揺ぎ無い世界観が、彼のワイン更なる高みへ導くと信じてやまない。(輸入元クルティエ来訪記より)
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