“甘い水”とわたしたちが呼んでいるアンジョリーノ・マウレ先生のワインは、限りなく自然で、喉のどこにもひっかからずに体中に沁み込んでいくのです。野生酵母にこだわり、醸造中の人的介入を排する(温度管理など)醸造哲学や自然な農法(彼の場合はバイオダイナミクスを実践)は、フリウリのオスラーヴィアチームやトスカーナのマッサ・ヴェッキアなどで知られるグルッポ・ヴィーニヴェーリのメンバーの目指すところと同じ(もともと彼自身が中心人物だったのだから)。
しかし、同じような哲学でワインを造っていても、この価格におさえてある程度の量を確保するというのは、実は非常に難しいこと。あくまでも消費者あってのワイン造り、とどこまでも謙虚に、向上心を忘れず挑戦し続ける彼。「先生」と呼ばれる所以です。
アンジョリーノ・マウレは、ワイン生産の盛んなヴェネト州のガンベッラーラ(ソーアヴェの隣の生産地域)で生まれ育ちました。マウレ家は、その土地にありながら、ブドウやワイン生産に携わらない家庭だったのですが、アンジョリーノは若い頃から自らワインを造ることに憧れを抱いていたようです。若い頃働いていた工場で、奥さんのローザ・マリーアと知り合い、結婚し、ワイナリー創設の夢を果たすべく、2人でピッツェリアを始めます。お店は大繁盛、80年代前半から畑を買い、家を建て始め、1988年がラ・ビアンカーラとしてボトリングした最初の年になります。
発足当初は、畑でもセラーでもコンサルタントを雇っていましたが、アンジョリーノは彼らのやり方が気に入りませんでした。ブドウそのものに、大地、テロワール、ヴィンテージやブドウ品種そのものの個性を封じ込めたものを、なすがままに醸したものこそがワインだと考えていたアンジョリーノに、あれ使え、これ入れろということばかり…。早々に彼らとの契約を解除し、全てを自らの決断で行うことにします。具体的にどうすれば良いのか皆目見当もつかず、いろいろ思い悩んでいた時、ヴィチェンツァのワインバーで何気なく選んで、開けたワインに衝撃を受けます。
ミステリアスで、唯一無二の個性を放ち、惹きつけてやまないワイン。それはヨスコ・グラヴナーのリボッラ・ジャッラでした。以降、暇を見つけては、グナヴナーの住むフリウリはオスラーヴィアまで通うようになります。そこには、エディ・カンテ、ラディコン、ラ・カステッラーダのベンサ兄弟、ダーリオ・プリンチッチ、ヴァルテル・ムレチニックなどが集い、毎回のように激論を交わし、刺激しあいながら、お互いがより自然な造りのワインを目指すようになっていきます。90-97年頃が皆が最も足繁くグラヴナーのところに通ったそうですが、その後、意見の相違から、グラヴナーのところに集まることはなくなったようです。
それでも、アンジョリーノ、ラディコン、ラ・カステッラーダ、ダーリオ・プリンチッチとムレチニックの交友は続き、ヴィニータリーでも共同でブースを借りるようになります。この集まりが、いま現在ではいくつか存在する、イタリアのヴァン ナチュール(自然派ワイン)のグループの出発点といえると思います。アンジョリーノは自分が中心となって作ったグループを、意見の相違から2005年に脱退し、さらに2006年、ヴィン ナトゥールという別のグループを結成し、現在に至ります。
●栽培方法:完全無施肥から、ビオディナミに切り替え、今はEM菌も試し、ブドウ樹に対する栄養供給の目的ではなく、地力回復、微生物叢のバランスを整えるために自家製の純植物性の完熟堆肥を、地力が弱いと判断した区画にのみ施肥。
●農薬:当初から除草剤などの農薬は使わずに、ボルドー液(ブドウ栽培において、様々な有機農法の認証団体が唯一使用を許可している農薬)のみを使用していたが、ビオディナミ調剤を試したり、EM、様々なハーブなどから作る煎じ薬を撒いたりと、ボルドー液さえも排除した農業を目指している。
※彼の住む地域はイタリア最大の平野部、パダーナ平野に面しているため湿気が多いので病気が出やすく、ボルドー液を撒く回数を少なくすることは極めて危険。近隣の農家に比べたら、もともと撒いているうちにも入らない程度しか撒いていないにも関わらず、排除したいのだそう。
●醗酵方法:当初はプレスして出てきたモスト(ジュース)だけを使用して、いわゆる白ワイン的な造り方をしてきたが、グラヴナーやラディコンらと共に皮ごとのアルコール醗酵を試し始める。しかし長期間のマセレーションには疑問を持つようになり、つい最近まで醗酵の初期段階1〜2日間だけマセレーションしていた。けれど今年はサッサイアの一部で長期間のマセレーションに再挑戦!
●酸化防止剤:当初から少量しか使用していなかったが、サッサイア2002の一部を完全無添加でボトリングを始めたのを機に、いまやサッサイアは半量を無添加でボトリング。マシエリにも無添加を試し、ピーコや赤ワインなどもヴィンテージによっては完全無添加でボトリング。目標は全ワイン完全無添加。
アンジョリーノは、ある時、ある人のことを褒めていたと思ったら、次の機会ではその人のことを全否定したりします。自分と同じレベルで問題意識や知ることへの渇望を持っていない人に対して辛辣で、歯に衣着せぬ発言もします。しかもその必要がない、全く利害関係のない人に対してもです。その反面、過去の自己さえも否定することを厭わず、常に知ろうとすることに対して貪欲で、興味を持ったら即実行に移し、自分の買っている人のためならどこまででも骨を折り、"伝える"ということに対して、どの造り手よりも情熱を持ち続ける人です。その結果、彼の周りには若く新しい造り手が続々と誕生しています。そんな彼の姿勢から、"伝える"ことの大切さをひしひしと感じるのです。アンジョリーノの欠点は、アンジョリーノの長所でもある。面白くないですか?
彼が行うドラスティックな改変とは別のところで、ワインにも毎年、何かしらドラスティックな変化やトラブルが起こります。そのトラブルを検証し、改善、解消するために新しい改変を畑やセラーに持ち込む…。それはまるで、止まったら窒息して死んでしまうマグロのようではありませんか!彼も、彼のワインも、安住・安定するのを好しとしないかのように!!彼のワインには、テロワールとブドウとヴィンテージがもたらしたであろうもの以外の"何か"が常に宿っていて、それは多分にそのヴィンテージ当時の"アンジョリーノの考えとアンジョリーノ家の状況など"によってもたらされているように思うのです。(輸入元資料より)